TITLE:新常態のストレス

この状況下でも会社は研修に行けと言う。ずっと前から決まってはいたが、この感染症再流行の兆しの中でも予定通り行ってこい、と言うことらしい。
今回の研修は社外のもので、なおかつ主催が自治体なのだが、この状況下でも中止になることはなかった。ほぼ座学であり、リモートや録画でもなんら問題はないと思われる。にもかかわらず、である。

世の中の細かい理不尽にはいちいち反応してられない。だからそんなに不満はない。

社外の研修に行くと微妙に困るのが昼食である。社内食堂はないし、研修室での飲食は中止されていることもあるし。
近所のお店に入っても良いんだけど、そうなると研修に行った同僚と一緒に食べなきゃならない。こちらがイヤでもあちらが誘ってくる。これが合わない。世の中の細かい理不尽なんかよりよっぽどストレスが溜まる。
しかも、今日は4人で行くことになったんだけど、たまたま見つけて入ったお店は、お昼時で席が足りないらしい。しょうがないので2人づつに別れることになった。私のメンタルにとっては、状況は悪化の一途を辿っている、と言える。4人だったら後の3人の会話を聞いておいてたまに相槌でも打っておけば良かった。でも2人になってしまったら、何か意味のある言葉を発さないわけにはいかない。無言でも気にしないほどの胆力は私は持ち合わせていないのだ。

…。
…。
そういえばさっきから何か違和感あったんだけど、今わかった。4人がけのテーブルに2人しか座っていないのだ。なるほどこれも密を避けるためか。
マスクはすっかり慣れたし、職場の衝立も人混みの回避ももうすでに日常である。外食や旅行に至っては、元々限りなくゼロに近かったので、今の状況は特に昔と変わっていない。はっきり言って、感染症下人々が抱いているストレスは、私は全く感じなかった。

ああ、なるほど、と思い至る。
今、職場の同僚と2人で4人がけのテーブルに対角に座り、たいして意味のない会話を交わしている。私の中ではこれも、感染症流行したことによる悪影響のひとつなのだ。世の人々は、マスク着用や人混み回避や外食や旅行の自粛にストレスを感じているという。私が今の状況にストレスを感じるのも、そのようなものの一つではあるのだろう。そう考えれば、少しだがなんだか気が楽になった。