どのコミュニティにも属しない人になりたい…かもしれない…と思う…ような気がする…

どれだけ多くのコミュニティに属しているかがステータスだと思っているわけでありません。極端な例かもですが、SNSで多くのローカルなコミュニティ(ライングループとか)に属していると、キャラを使い分けるのが大変らしいです。複数のキャラを使い分けることで、個人の中にあるいろんなモヤモヤを発散させることができる。とはいえ多すぎて発散しまくるのも、発散すること自体に追われてストレス溜まるということでしょうか。

1つか2つのコミュニティだけですますのは望ましくない、というのはよく言われるところです。もしもの時のはけ口がなくなるということですかね。定年後に家にも居場所がなくて、一人じゃないのに孤独なんて、なかなか笑えません。やっぱり最低3つくらいは、帰属意識の持てるコミュニティを持っておくべきなのでしょうか。

しかし一方で、『一つたりともコミュニティに属したくない、孤独ウェルカム、一人で生きていくんだ』みたいな生き方は(もちろん他のいろんな条件あったうえでですが)、憧れるところではあります。引きこもり万歳。
しかしテレビ新聞ラジオなど見ても、あんまりそんなキャラはいませんね。というか居たとしてもマイナスのイメージですね。例えば犯罪者とか。コミュニティに帰属「しない」じゃなくて「できない」みたいな感じ。
おそらく、真に帰属「しない」系の人たちは、孤独を楽しむがあまり、あえて周りに自らのことをアピールする機会も、その必要もないはずです。なので世間からその存在を認識されなくてもへいちゃらなのでしょう。きっと。
そして今日もどこかで、どこへの帰属意識も持たずに楽しいシングルライフを送っていることでしょう。そうであって欲しい。なぜならそれがワタシの憧れだから。

ブログに『コミュニティに属さずに生きていきたいんだよね』と書くことと、ブログに『PV数とか収益目当てでやってるわけじゃないんだよね』と書くことは、書く側の心情としては似てますよね。ということを上の文章を書いていて思いついてしまいました。
まだまだ憧れの姿までは遠い道のりです。