緊急事態宣言解除で思ったこと

関東の一都三県を除き、昨日より緊急事態宣言が解除されました。これにより、さまざまな制約から解放される方々もおられることでしょう。
ワタシ個人としては今回の宣言は、宣言前の緊急感、宣言中の緊張感、宣言後の開放感、全てにおいてさほど大きくは感じませんでした。「緩んでいる」「マンネリ化している」なんて言われても仕方のないところです。

とはいえ、緊急事態宣言が発出されてから新規感染者数が減ったのは誰の目にも明らかではないかと思います。日々のニュースで言われる数値だけ追いかけている分には、わざわざ法律を変える必要もなかったのではないかとさえ感じます。

ワクチンによる感染拡大の防止が図れないうちは、感染拡大は人々の行動抑制により防ぐしかないようです。人々の行動とそれに伴う感染拡大の様子を数理モデルで表したものを「疫学モデル」と言うそうです。これはマクロなモデルです。極端に言えば、皆んなで同じことをしよう、と言うことになります。「一人一人が人との接触を8割削減」なんて言われてましたね。

人々の行動を数理モデル(数式)に当てはまるようにコントロールしていく、というのは、これだけ自由主義が発達し多様性が認められようとしている社会においては、たいへん相性が悪いやり方のように感じられます。実際、諸外国では強烈なロックダウンを行なっているにもかかわらず思ったような効果が得られていないと報道されることもありました。(逆に独裁的な国では、強力な罰則により人々の行動を縛り、一定の効果を得られているようです)
にも関わらず日本では、諸外国に比べればたいへん生ぬるい緊急事態宣言でもそれなりの効果が得られているように見えます。たいしたものだと感じます。やはり日本人は真面目と言うことなのでしょうか。
言われたからには守ります、と言う人が多いのかしら。ていうかむしろ、国民が政府に対して緊急事態宣言を要求してるくらいですから、自分で言って自分で守ってるという見方もできます。良く言えば自律した人が多いのだと言うことなのでしょうか。全て想像で書いてますが、少なくとも「疫学モデルを根拠にして人々に行動抑制を促していく」というやり方は日本という国にはマッチしているように感じます。「ファクターX」なんて最近あんまり聞きませんが、このような国民性の違いにあるのではとも思えますね。
とはいえ、疫学モデルとやらも、感染拡大状況によって異なってくるのでしょうから、諸外国と今の日本を同列で比べることに無理があるのかもしれません。いろんなメディアて「疫学モデルに基づき…」と言われますが、実際にどのようなモデルで、境界条件をどう設定しているかは語られませんからね。今のメディアの悪いところだと思いますが。

まだしばらく後になるでしょうが、このあたりのことを振り返って真剣に解析する専門家たちが出てくる(もうやってる?)と思います。楽しみ、というと不謹慎かもしれませんが、ぜひとも理解しておきたいとは思います。