『やりがい搾取』について

就職して思ったこと

大学院を卒業してサラリーマンになってまず驚いたのは、それまでしてきた勉強の役に立たなさでした。

事件は現場で起こっているんだあ

もう、干支で言うとひとまわり以上前になります。製造現場の技術サポートスタッフとして、ワタシのキャリアはスタートしました。そこで必要とされたのは、製造現場との交渉力、これに尽きます。上司やその上のもっと偉い人のご機嫌を伺う必要なんて全くなくて、そんなことするくらいならやるべきは、現場の人と仲良くなっておく事でした。製造現場をいかに効率よくするかがワタシが配属された部署のミッションでしたから、何をするにも製造現場の環境が変わることが多いのです。それはつまり、何をするにも製造現場の了解がいるということになります。まあ書面上の最終承認者はさらに上位の人ですが、そんなものは半分以上が飾りです。現場の職人気質な人たちを納得させないことには何事も前に進まないのです。
これ、結構時間取られるんですよね。

『忙しい≒充実している≒成長している』と思っていたこともありました

謎の三段論法。
幸か不幸か、かなり忙しい職場でした。なぜ忙しいか、ざっくり言うと、

  • 改善の余地に溢れている
  • 時間的な拘束が大きい

の2点。前者は、良いことです。というと語弊がありますが、エンジニア冥利に尽きる、と言えなくもないです。腕の見せ所ではあります。
後者は、前者の結果でもあるのですが、とにかく次から次に案件が降ってくるから、一息つく間もないということです。
で、ですね。

  • 製造現場との交渉に時間をとられる
  • 案件多すぎて時間を取られる

この結果どうなるか。

  • 自分が実施したことを、技術的な知見に昇華させることができない。

という状況に陥ってしまうのです。現場の人たちを納得させるための理論武装はしますが、それは本当に自分の言葉なのか?というと、そうではなかったりするのですよね。
PDCAのPとCが無いか、あったとしても非常に薄い状態でしょうか。兎に角、やってみる、ダメだったらまたやってみる、またダメだったら…の繰り返し。

やりがい搾取

要は、忙しいのに力がつかない、ということになるのです。日々忙殺されていますから、充実感というものを味わう(錯覚ですが)ことはできます。とても疲れますし。周りも頑張ってるから、現場も込みで一体感のようなものも生まれます。同じ目標に向かっていますから当然ですね。みんな頑張っている。みんなつらい。自分だけじゃないんだ!
ただ、ある時ふと思ってしまうのです。「あれ、これ、オレ自身としては何一つ成長してなくね?」と。これが世に言う『やりがい搾取』というやつです。

『やりがい搾取』の危うさ

最近でてきた言葉ですね『やりがい搾取』
誰も、『コイツのやりがいを奪って馬車馬のように働かせてやろう』なんて、思っていませんでした。少なくともワタシが経験してきた職場では。これは今思い出してもそうだろうな、と思います。忙しかったし厳しい人もいっぱいいたけど、みんないい人だった。
にもかかわらず、今でも若い人はやりがいを搾取され、ふと気付いた時には出遅れ感を感じ、下手したらそのまま辞めていくわけですから、『やりがい搾取だなんて、そんなこと俺の周りは誰も思ってない。考えすぎだ』なんて考えている人こそ、意識すべきことなのでしょう。

やりがい搾取されないためにどうすれば良いか

もっとドライになって、自分の身は自分で守らなきゃ、と思うことが多くなってきたのは、時代が変わったからか、歳をとったからか…。
若干余裕がある自分から、余裕がない状態で兎に角頑張ってる自分へのアドバイスがあるとしたら。

  • とにかく考え続けよ

言葉にするとかなりのストロングスタイルです。
いくら忙しいからといって、思考は止めない方がいいです。自分が今やっていることはどのような意味があるのか、どんだけ忙しくてもくだらなくても、考え続けるべき。それでないと、ただただ働くだけになっちゃいます。
とくに危険なのは、考えることをやめてしまうと、おかしな事に気付くことさえできなくなる事です。『無理な時は無理って言いなさい』なんて言われますが、ただただ働いているだけだと、『無理な時』がいつなのかわからなくなります。これは良くない。正しいことを正しいと言えない、というか気付かない、というかわからない状態。思っていることを口に出す権利さえ搾取されてしまう。
あと、

  • 趣味とか持てば良いんじゃないかな

とも思います。睡眠時間を削ってでも好きなことに触れていた方がいい気がする。真夜中は別の顔。自分の世界が10も20もあったらしんどいかもせれませんが、3つか4つくらいはもっといた方が。1つしかないと袋小路に入った時に逃げ場がなくなるもんね。

まとめ?

後半はほとんど、自分へのアドバイスです。
『やりがい搾取』に対してできることって、せいぜいこれくらいなんだよなあ、と言うのが正直な感想。個人の問題ではなく社会の問題、ということなのでしょうか。 最近、やっとこれくらいのことが考えられるようになってきた。
良いことなんだけど、実はちょっと寂しさも感じているあたり、根っからの搾取される側なのかな…。