成功体験は役に立たない

お話としては面白い

意気揚々と成功談を語るのはたいへん気持ちが良いものです。また、そのお話を聞くことも、とても面白いものです。自分が成功者となったような想像を膨らませるの、気分良いですし。 何も人生の成功者といった大きな話でなくてもよいです。例えば、とあるプロジェクトを成功に導いた、趣味を続けていたらいつの間にか小金を稼いでいた、とか。身の回りに成功談って結構溢れています。失敗談に比べたらそりゃあみんな成功談のほうを話しますよね。自分以外みんな上手いこといってるじゃんすごいな、なんて思ってしまうくらい、世の中美味い話が溢れています。
当然ですが、世の中成功したい人は多いので、成功談には集客力もあります。エンジニアや研究者の方は、セミナーのパネルディスカッションや基調講演など思い浮かべれば良いのではないでしょうか。こっちの気分が悪い時は、「チッ要は自慢かよ」なんて思うことあるんですよねー。よくないですねー。

弁えてほしい人も、いる

さて、成功談を聞く方の話。聞き終わって「面白かったな」で終われば良いです。無問題。「凄い人いるなー」とか「〇〇馬鹿なんだろーなー(褒めニュアンス)」とか「仕事楽しそーだなー(羨望)」とか思えたら、それはもう超正常。ストレス発散とても良きこと。明日からまたガンバロー。
でも中には、「そうか、そうすれば成功できるのか」「今までそうしなかったから上手くいかなかったのか」なんて考える人がいて、そんなこと考える人に限って、現場から離れて久しい管理職だったりします。そういう人ってやっぱり分かっていなくて、他人の成功談を聞いて「マネをしなさい」と言うか「自分は昔こうしたら上手く行ったよ」と自慢(暗黙の指示)をするかです。ホントにかなりの率でこの二択。
でもですね、現場の最前線で常にトライアンドエラーしてる人は、言われた瞬間に分かっちゃったりします。「あ、これは無理筋なやつだな」と。半分直感で。そして残りの半分で論理的にも。
と同時に悟るのです。「また無駄な仕事が増えたな」と。偉い人に言われたら、やらないわけにいかないもんね。無理だと分かっているのに、無理だと思うことを実践したうえで、無理でした、という報告を体裁を整えてせねばならないのです。ああいやだ。
他に試したいことがあるので優先度を下げたいです(≒無理だと思うのでやりたくありません)と言いたいところですが、他人の成功や過去の栄光が眩しいおじさんには暖簾に腕押しです。

失敗は成功の元

十数年お仕事してきて結構確信を持って思うことは、他人の成功談を自分にあてはめたところで絶対にうまくはいかない、ということです。成功談はお話として聞くに留めないといけません。参考にすべきは、失敗談の方なのです。   必要なのは、どうすれば成功するか、ではなくて、失敗しないためにはどうすれば良いか、ですよ。
成功はたまたま、失敗は必然、て何かで読んだ気がするな。少し極端かなと思いながらも、でも大筋ではそんなもんだと思います。
成功者にアドバイスをもらって成功するのはどんな時かというと、同じ失敗をしないように導いてくれる時だと思うのです。セミナーの講演なんかは、失敗談をいっぱい話してくれる方がよっぽど信頼できちゃいますね。

反面教師

また、愚痴を書いてしまった…。
この話、ワタシが思ってることそのままではありますが、きっと、業界によって結構振れ幅あると思います。不幸にもここまで読んだ方は、全部鵜呑みにしない様に。
ワタクシ思うに、若かりしころはこんなこと全然考えずにがむしゃらに足掻いていた気がするのです。歳をとったことよ…。
せめて自分は、そんな風にはなりたくないな、という思いも込めて書きました。